立体駐車場にて
高木 さやか 平成21年12月24日付け島根日日新聞掲載
十二年前の丑年から、とうとうひと回りが過ぎ去ろうとしていた。 その間、ある慢性疾患と飽きることなく、仲良く、上手く共生してきている。 十一月も四、五日で終わり、間もなく師走を迎える頃だった。受診のため島根大学医学部附属病院へ車で行った。 車の収容台数を増すため、平面にあった駐車場を、四百六十台止めることが出来る鉄骨造り二階建て三層構造駐車場への変身工事が、以前から進行中であった。その頃は、いつ完成するかなどという関心は、頭をかすりもしていなかった。 時刻は、午前九時半過ぎ。山陰特有な雨まじりのいやーな感じの天候であった。 目に飛び込んだ完成ホヤホヤの立体駐車場では、七、八台の車が空きスペースを探しながら最徐行している。 市内の大型ショッピング店で慣れているので、それらの車を追い越してサッサと二階へ上がり、すっと止めた。 診察が予定時刻に無事終わり、帰る途中であった。二階に駐車したことを忘れ、うっかり一階を歩いていた時だった 幾分腰がピンとしていない男性が、首を左右に振りながらうろうろしている。どうやら自分の車を探している感じがした。 どうでもいいかな? と思いながらも気になって声を掛けた。 「おじさん、車を探しているかね」 何気なく言ってみた。 「こげな駐車場に初めて入れたが、どこに止めたか、かいしき覚えとらんがんね」 「私は眼鏡だけん、おじさんと一緒に六つの目玉で探せば早くわかるよ」 「すまんことで」 「軽かね、普通車? 色はどんな? ナンバーは?」 「頭に3が付いとーがね。四人乗れる軽だわ。ねずみ色に間違いないがね」 駐車場の間柱は赤、青、緑、黄色に分けられ、どの柱にも1から番号が付いている。 「どの色の場所にとめた?」 再び聞いてみた。 「混んどったもんで、空いた所へ何の気なしに入れたがね」 さっき、「おじさん」と呼んだ手前、今、不評の紅葉マークが付けてあるかとは聞きにくい。 「婆さんが薬局で待っとーもんで……。はやこと行かんといけんが」 一つ覚えのように「3、シルバー、枯れ葉マーク」と小声で言いつつ探した。 遂に発見! 探す車は、十番と表示のある緑の柱の横に鎮座していた。 「おじさーん、あったよ!」 時間にすれば、僅か五分間余りのできごとだった。 「やあーやあー、ありがとさんでした」 おじさんは最敬礼で車に乗り込み、エンジンを始動させた。 シルバー色の車は、前後に紅葉マークがしっかり付いていたことは言うまでも無い。 私の容態は安定しているし、何か良いことをしたなあと、ひとりで満足した。 次の受診は、還暦通過後である。 来た時の、いやーな雰囲気の空からは薄日が差していた。 |
◇作品を読んで
四百六十台を収容することのできる駐車場で、どこに停めたか忘れてしまった車を探すのは大変だろう。偶然に、車の置き場を失念したお年寄りに出会った。通り過ぎようとした作者を「何かが引き止めた」。これは伏線である。そして、探す車は簡単に発見できた。 作者は長い間、病気治療のために通院しているが、この数年、すこぶる調子がよい。前段の伏線は、心身共に安定している状態と良いことをしたという満足として最後のところで生かされるのである。更に結末の一行も、朝の「いやあーな天候」と対応させたうまい構成となっている。 |