走れ! ポストマン
津井 輝子 平成21年6月11・18日付け島根日日新聞掲載
〈走れ! ポストマン〉というテレビ番組がある。 会いたい人がいる。届けたい手紙がある。消息を知りたい友人がいる。だけど遠くていけない。居所がはっきりしなくて郵送もできない。そんな視聴者に代わってテレビ局が、ひと肌ぬぐというものだ。毎回、毎回テレビタレントが、どのような国であろうと秘境であろうと、目指す人を探し当てて品物(ハート)を届けるという、ちょっと感動ものの番組なのだ。 先週は、確かラオスへ行った。五年前、心臓病の難手術を日本で受けた赤ちゃんがいた。そのとき、日本語の通じない母親の力になり、心を通わせていた人たちからの依頼だった。手掛かりは一通のお礼状だけ。その住所と名前をもとにポストマンは行く。 番組製作者の意図なのか、これが毎度ひと筋縄ではいかないときている。すでに引っ越していたり、地図がわかりにくかったり。だから、ようやくたどり着いたときの感動はすごい。もらい泣きすること、しばしば。 ラオスの場合もそうだった。いくつかの難問をクリアし、ついにポストマンは家族をみつけ出す。あの赤ん坊は明るく元気な女の子に成長していた。プレゼントとビデオレターを渡し、ポストマン配達完了。 ある朝突然、指令がきた。私にだ。依頼者は大阪在住の娘、マサコ。 私、ポストマンになって走りだす。 きっかけは、起きがけに読んだ島根日日新聞の記事だった。出雲市と姉妹都市であるサンタクララ市(アメリカ)が、国際交流事業をはじめて今年で二十五周年を迎えた。その記念式典が、出雲市で開催されるというもの。出雲国際交流協会は高校生を対象としたホームスティも行っている。娘が行かせてもらったのが、五年前だ。なつかしい気持ちで読んでいると、来雲者の名前の中にマリア・ゼェンセン≠みつけた。 ホームスティ先のお母さんだ。息子のクリストファー(愛称クリス)は、マサコと入れ違いに、うちで十日間をすごした。私はマリアと面識はないが、ぜひこの機会に会いたいと思った。クリスのことも訊きたい。 はやる気持ちを抑え、ひとまず娘にメールをしよう、と思った。が、まだ午前六時すぎだ。土曜日だから、たぶん寝ているだろう。起こしたと叱られそうだ。しばらく迷ったが、無視も承知で送信した。記事の内容をかいつまんで、ごく簡単に。 予想に反して、返事はすぐにやってきた。 『ええっー! マリアも来ているの? ずっと連絡してなかったから会いたかったな……』 はっきりとは書かれてないが、是が非でも会いたい気持ちが見え隠れしているような文面だ。 おせっかい心に火がついた。式典は今日だ。時間がない。会場と時間を調べたいが、土曜日なので市役所は休みだ。インターネットで検索したが、それらしきものはヒットしない。もう一度、新聞を詳しく読み直す。協会の会長さんの名前が以前と同じだ。それならば、家にまだ名簿があったはず。探してみる。 そうこうしている中に娘から、またメールが届く。 『残念。事前にわかっていれば手紙でも渡せたのに。あり得ないと思うけど、街でマリアを見かけたら、よろしく伝えてね』 なんとも歯切れの悪い文章だ。〈お母さん、代わりにマリアに会ってきて〉となぜいえない。 名簿はあった。新聞によると滞在期間は十八日までで、昨日は大社・日御碕観光をしたとある。すると今日はホーランエンヤだから、会長さんも一緒に松江観光だなと見当をつけた。今なら自宅にいらっしゃるかもしれない。しかし、電話をかけるには時間が早すぎはしないか。八時を待ってからにする。案の定、対応されたのは奥さまだった。 「はいはい、記念式典のことですか。それならロイヤルホテルです。えーと、時間は午後六時、いや六時半だったかなぁ」 少し心もとない返事ではあった。不安は残るが、これが今の私にできる精一杯のことだ。六時までにホテルに行こう。 さっそく娘に電話をかけた。 「記念式典の会場がわかったから、お母さん、今夜マリアに会ってくるね。成人式の写真持っていくわ。マサコのこと覚えているといいね」 「えっ本当? じゃあ私、今すぐ手紙書く。家に速達で送るから、マリアが出雲を発つ前に渡して」 思ってもいないことばが返ってきた。 「うん、泊っているホテルも同じかもしれないし。明日の夜、必ず渡すね」 約束して電話を切った。 英語のできない私がどうするつもりだ。 午後五時半、ホテルをめざして家を出た。 小雨が降って少し肌寒い。しかし運転しながら、心ははずんでいた。 ほどなくホテルに着いた。玄関付近に、華やかな装いの若い男女数人が見える。結婚披露宴? 急に自分の服装がみすぼらしく思え、彼らを避けるように足早に入った。ドアの内側に案内板が出ている。順に見てみるが、七、八枚すべて「○○様ご結婚披露宴」ではないか。まさか……。あわててフロントに問うと、国際交流協会からのご予約は承っておりませんという。不安的中。会長夫人を責めるわけにはいかない。 どうするポストマン。 出雲市駅周辺にホテルは集中している。パルメイトやビッグハートなどイベント会場も近くにある。取りあえず駅まで行った。勘を信じて探すこと三軒。しかし、式典開催も外国人の宿泊もないという。こうなったら電話帳で調べて上から順に電話するしかない。駅まで戻り、かけまくった。幸いすぐにわかったが、時間はもう六時十五分になろうとしていた。今から車をとばせば、なんとか間に合いそうだ。 六時二十分到着。階段を駆け上がる。会場はすぐにわかった。開け放たれたドアの向こうに、すでに着席している人の姿が見える。開会まもなくといった雰囲気だ。 受付で事情を説明する。「では、始まるまでの数分であれば」と、入れてもらうことができた。そこに見知った顔があった。英語のできる人だ。この人に頼もう。 「すみません。マリアさんの家にホームスティさせていただいたマサコの母です。伝えてほしいことがあって来ました。通訳お願いします」 丁寧なことば遣いをしたが、いささか強引だった。一番前のテーブルに、こちらに顔をみせて座る金髪美人のマリアがいた。私は通訳さんの返事も待たずに、ぐいぐいと進んだ。 マリアは私をみても、きょとんとしていた。 「エクスキューズ・ミー。ペラ・ペ〜ラ・ペラ」 通訳さんが私について説明をしてくれたようだ。娘の写真と最近の家族写真を手渡した。 ようやく思い出してくれた。 「オー、マザー? ペラ・ペラ・ペラ。クリス? ペラペ〜ラ」 どうやら、クリスは元気らしい。大きくなったとジェスチャーで教えてくれた。 「明日、マサコから手紙が届きます。宿泊先のホテルに夜、持っていこうと思います」 一番肝心なのは、このことだ。 通訳さんにしっかり伝えてもらった。(たぶん) もう時間がない。 マリアは最後にハグしてくれた。なんて大きくてふくよかな体。幸せがいっぱい詰まっていそうだ。 司会者が開会を告げた。私は急いで引きあげるしかなかった。 翌日、予定どおり速達がきた。ポストマン最後の仕事になりそうだ。ただ時間の約束をしなかったことが悔やまれる。最終日のディナーを外でとることは、十分に考えられることだ。ホテルにいてくれることを願うのみだった。 今夜の通訳は、息子の嫁に頼んである。日曜日なので夫婦そろって付き合ってくれると言っていた。頼もしい。三人でホテルへ出向いた。 午後七時、フロントでマリアを尋ねると、やはり外出中とのこと。行き先も戻る時間もわからないそうだ。三人でどうするか話し合っていたら、係りの人が、 「失礼ですが、マサコさんですか。マリアさまからお預かりしています」 と寄ってきた。 手には手紙と名刺、それにプレゼントのような小箱があった。どうやら待っても無駄らしい。こちらの手紙もフロントへお願いすることにした。しかし、それでは英語のできる嫁を連れてきた意味がない。 「今から私がいうことを、この紙にメモしてくれない?」 「いいですよ」 二つ返事で引き受けると、瞬く間にスラスラと書きあげた。 ホテルの封筒に手紙とメモを入れ、フロントへ預ける。 にわかポストマン! これでどうやら配達完了。 |
◇作品を読んで
TBSのテレビ番組〈走れ! ポストマン〉が始まって約半年だが、作者はそれをよく見るものの、同じようなことが起きるとは思ってもみなかった。 冒頭に番組を紹介し、空白行を置いて、「ある朝突然、指令がきた。」と書いた。前段にポストマンの話があるから、それを意識した読み手は「誰から?」と思う。次の文で依頼者が明かされ、突然、事態は急展開をみせる。 作品が、「ある朝突然……」から始まったとしてもよいわけだが、それでは意外性がない。最後の一行が生きるためには、冒頭の番組紹介による導入が必要なのである。 短い文の積み重ね、体言止め、的確な会話文の挿入などが、内容の急迫性とも相まって効果をあげ、更に情景描写を入れることによって、読み手の想像を広げることができた。 |