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     巨木の生涯 
                       
       大田 静間                      
                                                                                   平成21年2月19日付け島根日日新聞掲載

 世界中の注目を集めたアメリカ大統領選挙が終わり、年明けにオバマ政権が誕生した。
 大国の事情なのであろうか、何とも分かりにくい予備選挙なるものを半年も繰り返して、多くの人をテレビの前に釘付けにした。
 関心の的は、永い歴史を辿る人種偏見のハードルを、アメリカ国民が越えることが出来るか、この一点であったように思う。
 出雲ドームは、木造建築が目玉である。建材に、北米産の松の木が使用されている。
 大層な大木である。推定樹齢四百八十年の老木は、オレゴン州産ということだ。ちょうどSLの動輪を傍らで見るように、切り口を正面に向けた輪切りの標本が、敷地内に据えてある。
 年輪の間隔が狭いのは、夏の短い気候で育ったところだろうか、いかにも荷重に耐えそうだ。
 成長期は三ミリメートルで、黒褐色の鮮やかな太い円弧を描いている。そして晩年になると、木肌の艶は失せ、年輪の境界も定かではなくなり、そして生涯を閉じている。
 この標本には変わった趣向がこらしてある。切り口の表面に、その年代に起きた出来事が記されている。まさに生きた教材に魅せられた。
 円弧の中心に、コロンブスアメリカ大陸発見(一四九二)とある。そして、アメリカ独立戦争(一七七五)、南北戦争(一八六一)と続き、アポロ十一号月面着陸(一九六九)で生涯を終えている。
 点字をなぞるように、中心から指をずらせると、直接、歴史に触れている気持ちになる。
 目を閉じれば、かつて観た映画のシーンが脳裏に去来する。
 西部開拓史の時代に、筏を組んで激流を下る情景であり、「風と共に去りぬ」の幌馬車が駆ける場面である。
 そのような歴史を眺めてきた老木が、目の前に存在していることに、不思議な感興を覚える。
 たかが一本の松の生涯に、アメリカの歴史が全て収まっているのだ。しかも、この巨木の晩年と、私の生が重なっていることも奇異に思える。
 人が文化と手を携えて生きた時間など、なんと短いことだろう。
 いまアメリカのどこかで根付いた樹が、四百八十年の生涯を終えて標本になった時、初の黒人大統領誕生と書き込まれるであろう。
 そして、最後の年輪には、どのような出来事が記されているのか……。

◇作品を読んで

 出雲市矢野町に、出雲ドームが日本初の木造ドームとして誕生したのは平成四年であり、当時、木造建築物としては、世界最大級といわれた。ドームを中心にクラブハウス、スケートボード場があり、出雲健康公園と呼ばれている。
 園内にある輪切りの標本の前で暫し佇んだ作者は、五百年近いアメリカの歴史をふり返り、自分の人生を重ねて感慨に耽った。
 輪切りにした木があるな。――ただそう思って通り過ぎたとすれば、この作品は生まれなかった。作者は輪切りの木を見て足を止め、そして書いた。材料はどこにでもあるという、よい例だろう。人は誰でも、いろいろなことを感じ、考える。それが文章になるかならないかは、その人に書くという意志があるかどうかではないか。折に触れて、書き留めておくという気持ちを持つことである。