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   迷惑電話撃退指南
                       
    高木 さやか                   
                                                                                   平成20年11月27日付け島根日日新聞掲載

 暇な時は、ほぼ一日中、家で留守番を兼ねて、孫が学校から帰るのを待っている。
「ただいまー」と、大きな声が聞こえる。次に「ばーちゃんどこ?」と、必ず私がいることを確認する。僅かな時間だが、幸せな気分に身を置くのである。
 孫の啓太と結衣が、今日は同時に帰った。早速電話が鳴った。我が家の電話は、百人くらいの名前と番号が表示されるようになっている。誰からの電話か、一目瞭然である。啓太が素早く、名前と番号を確かめた。
「婆ちゃん、俺の友達の正樹からだー」
 遊ぶ相談らしい。
 玄関にカバンと給食袋を投げたまま、正樹との約束が最優先らしく、バットとグローブを持って、疾風の如く自転車で走り出た。
 また電話が鳴った。結衣が啓太と同じことをする。
「婆ちゃん、結衣の友達の由美ちゃんだよ。おうちで遊んでもいい?」
「ああいいよ。由美ちゃんと宿題をしてから遊んだらいいがね」
「啓太のように年中叱られても、学校から帰ったら何が何でも、遊びに熱中すると、馬鹿になる」と言ったら「わかった」と素直な答えが返って来た。
 また電話が鳴った。見慣れない番号だったので、そのままに鳴らせ続けた。
 五分間後、再び同じ番号でかかって来た。私は興味本意に「もしもし、高木でございます」と言ってみた。
「○○会社の、関根でございます。奥様は失礼ですが、四十歳代でしょうか? お声がとても若々しいですね」
「いいえ、もう六十はとっくに越してます」
「あら、そんなには感じられませんね。ところで奥様、下着とかお腹まわりに関心がございませんか?」
「私は努力しなくても高校の時からスレンダー美人と言われ、今もその体型に変わりはございません」
「はあ……。ちなみに下着は何を付けておいでですか?」
「気分転換にトラ皮の模様のパンツにヒョウ柄の乳バンドで決めております」
「……」
「明日は孫の誕生日でございますので、アンパンマンとドキンチャンでどうだろうと、思案中でございます」
「なかなかよろしい趣味でございますね」
 言いつつ電話が切れた。
 それから三日後、今度は健康食品会社からの電話だった。
「ごめん下さい。失礼なことですが、奥様、おいくつになられますか?」
「失礼なら聞かなければよろしいと思いますが?」
「そうですね。でも奥様、せめて年代でもよろしいですが、いかがでしょう?」
「明日から、五十代になる予定です」
「アラ、ちょうど良いチャンスです。私どもの会社で開発した、更年期によるあらゆる不定愁訴に効果がある健康食品がございます。いかがですか? 今は元気でも、殆んどの皆様が悩み、辛い思いを経験なさいます」
「私は、更年期どころか、重度の精神障害があり、お友達に九州大学の薬学部を首席で卒業した薬剤師の先生と、東大の医学部を卒業し、只今アメリカのある大学の大学院で精神神経科の研究に行っている名の知れたドクターに診察をして頂いております」
「大変失礼しました。ご縁があればまたお話致しましょう」
 この二つの電話番号は、勿論メモしておいた。この次は、何のアキンドが電話をして来るのか秘策を練っておこう。

◇作品を読んで

 電話二題の作品である。最初の電話は孫が遊びの計画をし、後のそれは、いわゆる勧誘である。振り込め詐欺ではないが、こういう勧誘電話がよく掛かってくることは誰でも経験する。怒って切ってやろうと思うのだが、何かあとのたたり≠ェあるような気がして、ついつい聞いてしまう。作者は、おちょくる≠アとにしているようすを書いた。読み終わった読者は思わず、そうだ、そうだ≠ニ快哉を叫び、そして笑い、溜飲が下がるのである。
 文章とは、自分の思いを書くものである。ここで大事なことは、他の人が読んだらどう思うだろうか、あるいは面白いと思うかという視点の有無である。
 作者は「いやあ、あったことを書いているだけです」と言われるかもしれないが、意識の底を流れているサービス精神が、読者の共感を呼ぶのである。