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   しゃあまけっ!
                       
    中原 保幸                   
                                                                                   平成20年2月7日付け 島根日日新聞掲載

人物
弓削晋太郎(34) 警察官
弓削明乃(29) 弓削の妻
弓削智春(6) 弓削の子供

○交番・中
 入り口の傍らで石油ストーブが焚いてある。
 ガラス戸の向こうで、牡丹雪が降っている。
 弓削晋太郎(34)が机に向かって、破れたストッキングを使って、なにやら縫い物をしている。
 入り口の扉が開く。
 コートの肩にうっすらと積もった雪を払い、弓削明乃(29)が弓削智春(6)の手を引いて中に入ってくる。
智春「父ちゃん、ただいま!」
弓削「おう、お帰り」
智春「じゃ、行って来まーす!(出てゆく)」
弓削「(苦笑いし)おいっ!」
 智春の姿、あっという間に見えなくなる。
 弓削と明乃、肩をすくめ、顔を見合わせて笑い合う。
弓削「元気そうじゃないか」
明乃「開筵式で友達の顔見た途端に、はしゃいじゃって、まいったわよ」
弓削「俺もやったな。筵の上に正座して延々と話を聞いて、それから四月の   入学式だった」
明乃「早いわね、いつの間にか大きくなって」
弓削「(頷く)ああ。――よし、できた」
明乃「ごめんね。勤務時間中なのに台所の生ゴミ入れ作ってもらっちゃって」
 弓削、頭を振って明乃に笑いかける。 

◇作品を読んで

 かつて聴覚芸術とも呼ばれたラジオドラマの誕生は、大正十四年のラジオ放送開始と同時期であった。時は流れて昭和三十年代後半、当時の皇太子成婚中継を契機にテレビの普及が進んだ。その頃までが、ラジオドラマの全盛時代であった。
 昭和二十七年五月に発行された、堀江史郎著『ラジオドラマの作り方』に触発され、ラジオドラマを書いてみたことがある。卒業した中学校で担任だったT先生が、学校新聞に載せておられた『時雨』というエッセイを下敷きにした。既に原稿もなく何をどう書いたか忘れたが、高校一年のときである。
 その年、ラジオドラマ「君の名は」が放送された。番組が始まると同時に、銭湯の女湯から人が消えたという伝説がある。後に映画やテレビドラマになり、一世を風靡する。
 公募情報を掲載した雑誌を出しているK社では、誌面上でシナリオ教室という企画をもち、読者から寄せられたシナリオのコンテストをする。
 シナリオは台詞≠ニト書き≠ナ構成され、登場する人物を一覧にした人物表を付け、名前、年齢、性別、人間関係を書く。名前を付けない登場者は、通行人1などとする。
 掲載した作品は、シナリオ教室作品の応募のために、「交番」「入学」「ストッキング」という三つの語句を取り込み、六百字という課題のもとに書かれた下書きである。
 タイトルの「しゃあまけっ!」は、倉吉市から文学教室に通われる作者によれば、鳥取県中部の方言で生意気という意味だ。「生意気な口をきく」と言う時は、「しゃあまけこく」と使われる。
 文中に使われた「開筵式」というのは、入学前の新入生が会場に敷かれたわらむしろ≠フ上に座り、在校生や先生から歓迎を受けるという、作者が卒業した小学校の行事である。江戸末期、倉吉市の極楽寺にあった寺小屋に弟子入りする子供達が筵に座わり、師の前で勉学の誓いを立てた故事に由来する。
 文学教室作品としてシナリオは初登場であり、ジャンルの幅を広げていただいた。方言も含めて、読み手には分からないこともあるが、さらに推敲した作品が読ませてもらいたいと思う。