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  椿の少女
                        久瀬瑛彦                   
                                                                                   平成19年3月8・22日付け 島根日日新聞掲載

 小森真樹は、島根県庁の庭を抜け、松江城の西側にある椿谷を通る。まわり道になるが、椿谷を抜けて黒田町の堀川遊覧船発着場まで歩くことにしている。椿の季節には、好きな紅色のそれが見たいからである。
 真樹は松江堀川遊覧船の船頭である。
 市内の進学校といわれる高等学校に、国語教師として勤めていたが、過熱する進学指導に嫌気がさし、定年を十年残して辞めた。
 釣りの趣味から手にしていた一級小型船舶操縦士免許を生かして堀川遊覧船の船頭になったのは、去年からである。平成九年七月から始まった堀川遊覧船が観光客に好評で、増員する船頭募集に応じた。
 冬場は、船に豆炭炬燵を積んでいる。やぐらの下に石綿を敷いたケースがあり、その中に九つほど豆炭を入れるのである。
 松江堀川ふれあい広場、京店カラコロ広場と大手前広場の発着場からそれぞれ十五分間隔で船が出て行く。遊覧船の始発は午前九時、営業は午後五時で終わる。
「あのー、もしかして……」
 豆炭をケースに入れていた真樹は、並んでいる観光客の列の中ほどにいた若い女に声をかけられた。
「小森さん……ですか?」
 紺のジーンズに同色の皮ジャンパーを羽織り、これも濃紺のヘヤーバンドで背の中ほどまである髪を押さえている。薄い化粧の肌が抜けるように白く、つぶらな眼がそれをよけいに大きく見せていた。
 女は、藪椿の小枝を持っていた。それが、なぜか懐かしいもののように思えた。
「失礼ですけど、椿を育てておられるんじゃないでしょうか?」
 真樹には、その女の言うことが解せなかった。突然、名前を呼ばれ、しかも椿を育てているか、と聞くからである。確かに真樹は、椿が好きであり、小さい庭だが椿の木もある。
「椿は……。ずっと前から」
「赤山っていうところにお住まいでしょう?」
 通称赤山と呼ばれる丘陵地には、進学校である県立松江北高校があり、真樹はその近くに住んでいる。
「ええ、どうしてそれを?」
「ご記憶にありません? 私……、椿の枝を盗った亜沙です。曽根亜沙って言います」
「盗った――椿を? あなたが?」
 畳みかけるように言ったとたん、真樹はその出来事を鮮やかに思い出していた。女が手にした赤い椿と、大きな眼、そしてふっくらとした顔が、小学生のそれに重なった。
 家の周りには、真樹の祖父が育てている庭植えの椿が三十本ばかりある。なかでも祖父の自慢は花仙山と呼ばれているもので、近郊の玉造温泉の知人から原木の種子を貰い、実生を試みたものだった。自分にふと笑いかけるように花を咲かせるのだなどと言い、一笑≠ニ名付けて楽しんでいた。十数年ほど経ったもので、二メートルくらいの高さに生長した木の周りに園芸品種の椿を混植のようにして植えていた。自然交配で数多くの実を結ぶようになり、さらにそれを育てていくのが祖父の楽しみだった。
 三月上旬の暖かい土曜日の午後だった。
 真樹が本を読むのに飽きて縁側に座り、薄い陽射しの中で微睡んでいたときである。
 小学校の低学年らしい女の子が庭に入り込み、その椿の木を見上げているのが目に映った。長い髪に赤いリボンを結んでいた。それが青い服に映え、紅色の椿のようにも見えた。縁側から二十メートルほど先の場所だから、女の子は人がいることに気がついていないらしい。五分ばかりだったか、体の位置を左や右に変えて見上げたりしていたが、ついと手を伸ばし、いちばん大きい花が咲いている枝を折り取った。赤い花弁を太陽にかざし、嬉しそうに笑うとスキップをしながら庭から出て行った。
 真樹は椿が惜しいとも思わなかったが、その少女の仕種がなぜか気になり、玄関に回ると、つっかけを履いて少女の後を急いで追いかけた。坂道を小走りに下りて行く少女が、真樹の足音に気が付いたらしく振り返った。
「なぜ折ったの?」 
 咎めるような口調ではなかったはずだが、少女の顔が歪んだ。
「椿は上げるけど、なんで取ったのか教えてくれない?」
 真樹はそう言いながら、(とった)という言葉に反応したらしい強ばった顔を見て、(言い過ぎた)と思った。見る見るうちに大きな目から涙が溢れ、少女は道路に膝をついて叫ぶように言った。
「ごめんなさい。ごめんなさい……」
 真樹は幼い心に傷を負わせたことに気がついた。たった一枝のことで、追いかけることはなかった。ましてや、取り戻そうなどと考えてもいなかった。枝を折るあまりに嬉しそうな様子に惹かれ、どちらかといえば、花の中では地味な椿を手にした少女に、感動といってもいい程の歓びを感じたのだ。半睡の中で見た、椿の少女の夢にしておけばよかったのだ。
「あのね――」
 真樹のその声を遮るように、少女が叫んだ。
「ごめんなさい。私、泥棒しました」
 予想もしなかった言葉にさらに慌てた。
「泥棒なんかじゃない。泥棒だったら、こっそりと持って帰るでしょ。違う。違う」
 自分でもおかしいほど、同じ言葉をくり返していた。少女は、首を何度も横に振る。何か言おうとしているらしいのだが、声が出ないのだ。真樹は取り返しのつかないことをしてしまったと思った。少女は、泥棒をしたという意識に、一生涯苛まれるのではないか。確かに黙って持ち出したことは、そうなのだが、そう思わせてはならないのだ。
「誰でも小さいときには、そんなことがあるんだよ。気にすることはないから……」
 一体、何を言っているのだ。誰でもする、とはどういうことなのだ。そんなことを言っていいのか。自分の言った言葉に呆れた。
「私、絵を描こうと思って――」
 泣きじゃくっていた少女が口を開いた。
「絵を?」
「ごめんなさい。椿がとてもきれいだったから、持って帰って絵を描こうと」
「あ、絵が好きなんだ」
 少女は、安心したような目を見せた。
「そりゃあいい。絵が好きなら、いっぱい描けばいい」
「……」
「庭の椿は、あなたに上げる。でも、木ごと持って帰れないから、木にあなたの名札を付けとく。そうすれば、勝手に黙って枝を折ったってことにはならないからね」
 曽根亜沙だと少女は言い、初めて笑った。
 坂の下から上がって来る母親らしい姿が見えた。真樹は母親に事情を説明し、また椿を見に来てくれるようにと言った。遠くから来ており、様子がよく分からないのでご迷惑をかけたと何度も頭を下げながら、母親は少女の手を引いて坂を下りて行った。
 一週間経って、東京の住所が書かれた亜沙の葉書が来た。赤い椿がひとつ、鮮やかに描かれていた。
「あの日の……」
 あの時の少女が目の前にいることが不思議に思えた。何十年かの時間が一気に巻き戻されたような気がしたのだ。
 亜沙は、(今朝、東京から来て赤山を訪ねたが、お留守のようだった。近所でお勤めの場所を聞いて来た)と言う。
「小学校の三年生でした。ずっと大人になるまで、私、あのことは忘れることができなかったのです。枝を黙って折ったということもですが、そんな私を気遣って優しくしていただいたことが……」
「……」
「東京へ帰ってから、頑張って葉書に描いたんです。あの椿は、私の小さい頃のいちばんの思い出です」
 亜沙は真樹が操る船に乗った。
 船は東に向かい、新橋をくぐる。右に行くと城山西堀川であり、次に現れる稲荷橋は、平成十年春、木製に似せて造り替えられた太鼓橋である。そこを過ぎると亀田橋になる。
「左に見える林は、椿谷なんですよ」
 赤い椿が林を染めていた。
「そうなんですか。あのときから私は椿が好きになりました」
 真樹の前に座った亜沙は、顔を赤くしてうつむいた。
「松江の花は椿でね。昭和四十九年に決められてます。昔から松江は椿を大事にしてきたんですね。それが椿谷と関係があるのですけど」
 船は城を離れ、京橋川に入った。左手にあるカラコロ工房と呼ばれる白い建造物が目を引く。そのヨーロッパ風の建物は昭和十三年に二代目の日本銀行松江支店として建築されたが、平成十二年の四月、「匠」をテーマにした工芸館となった。松江の新しい顔である。
 松江の川には数百の橋がある。城を囲む堀川には十六の橋が架かり、船に乗っている全員が、頭を下げないと通り抜けられない低い橋もある。亜沙は、それが楽しいと言って笑った。
 約四キロのコースを五十分ばかりかけて回り、船は松江堀川ふれあい広場に帰って来た。
「小森さん、今日からなんですけど」
 亜沙が差し出したのは、一枚のパンフレットだった。ギンザ・セレクション展――東京銀座にある著名な日本美術画廊が開いている展覧会だった。宍道湖の華麗な夕映えを借景に取り入れた美術館が会場になっている。
 その美術館は、閉館の時間が日没までという奇抜なアイディアを導入したことで、日本の美術館関係者では評判になっている。企画や常設展、美術講座やワークショップなどのアート普及活動も美術館事業の柱で、亜沙のいう展覧会もそのひとつだった。
「どうしたんです?」
「私、日本画を出してます。東京の若い画家の絵だけ集めた展覧会なんです」
 真樹が知らない数名の画家の名前と並んで、曽根亜沙の文字もあった。
「あなたが絵を……」
 絵というよりも、美術にはあまり関心のない真樹は、その展覧会のあることを知らなかったのだ。真樹は、(私、絵を描こうと思って――)と言った少女の泣き顔を思い出した。
「松江でも展覧会をすることになって、小森さんにどうしても見てもらいたかったのです。あの時のお礼もしたかったし……」
「画家になったんですか。それはよかった」
 亜沙は東京にある関東美術大学で日本画を専攻し、デザイン事務所で働きながら絵を描いているという。
「今日は午後から休みなんで。行きます、必ず行きます」
 椿の小枝を折った幼い女の子が、展覧会に出品するほどの絵を描いているのだ。真樹は少しばかりの悔恨と共に、喝采を上げたいほどの喜びを感じていた。
 美術館は、眺めのよい喫茶店もあり、ロビーやライブラリーが無料で利用できることもあって、いつも賑わっている。
 ロビーで真樹を見つけた亜沙は、片手を挙げて駆け寄った。宍道湖の空から届いた三月の淡い陽の光が、亜沙を浮き立たせている。
 ギンザ・セレクション展は、かなりな人で埋まっていた。一階のギャラリーには、大小合わせて百点近い油絵や日本画が並べられている。二十号くらいの絵の前に案内された。
「あ、椿の……」
 真樹は思わず声を上げた。咲き乱れる椿の林の中に佇む少女が描かれ、『椿の少女』と題名が付けてある。
「赤い椿の花言葉って、わが運命は君の掌中にあり、ともいうそうですね。小森さんの椿を見たから、いまこうして絵が描けるかもしれません」
「……」
「この絵、貰ってください」
 亜沙は、絵の下に留められた一枚のカードを指さした。非売品と書かれている。
 真樹は、ぼやけ始めていく椿の絵と亜沙の笑顔を見ていた。

◇作品を読んで

 地方で発行される新聞などに文芸作品を載せる場合には、背景や舞台がその地方であれば、より親しみが持てるのではないかといつも思っている。
 この作品は、松江でよく知られている堀川遊覧船、県立美術館などをさりげなく取り込んだ。
 テーマや題材からすれば、舞台はどこでもよいと思われるが、そうではない。知っている場所などが登場すると、読む人達が書かれた内容をイメージ化しやすく、そのことがリアリティを持たせるからである。
 ある新聞の投書に、花盗人がいて困ると書かれてあったのをヒントにして、この作品は生まれた。題材はいたるところにころがっている。それを想像で好きなように含ませればよい。小説を書く醍醐味である。