四月一日
曽田 依世
平成18年10月26日付け 島根日日新聞掲載
よく当たった。無心の時にだけ。 お楽しみプレゼント、福引の特等、図書カード、ダイエット食品のモニター、イギリス・イタリア七日間の旅……。 数えてみると、大きな賞品だけでも両手の指では足りないくらいの数なのだ。たいていは、応募したことを忘れた頃に賞品が届く。傑作だと自分でも呆れたのは、真っ赤なビーチパラソルとビーチチェアーセットだ。 枯葉舞う夕暮れだった。宅急便が大きな荷物を持ってきた。荷主はKコーヒーメーカー。なに? と思って開けて見て驚いた。二人掛けのビーチチェアーと馬鹿でかいパラソルだった。 帰宅した家族は、六畳間を占領している大きなパラソルを見て驚き、そして笑った。娘が言った。お母さん、これからは、いつでも家出できるね。とりあえず夜露だけはしのげるから……と。 その夜、寝る場所がなくて困った。燃えるような真紅のピーチパラソルが布団を敷くことを許さなかったからだ。残念なことに、畳にはパラソルの柄が刺さらない。 「ごめんやっしゃ」と言いながら、傘の脇わずか数センチをまたぐようにして歩いた。ビーチパラソルの下で大の字になって喜んでいたのは、娘だけだった。パラソルの色そのままを体中に浴び、顔を真っ赤に染めて犬かきの真似をしていた。部屋の真ん中で、「蛍光灯が眩しいわ」と言いながら。 イギリス・イタリア七日間の旅が当たったときも困った。旅行日の指定があったからだ。仕事を休めないので行けないとこぼしていると、舅様が言った。 「わしが行く」 「なあ、隣のおっつあん、イタリアに行かこい」 さっさと出かけてしまった。 慣れない旅だったのか、帰国後、舅と隣のおっつあんは病気になった。たぶん時差ぼけと思われる。 和牛の肉が当たったときは、嬉しかった。年末の福引の特等だった。金色の玉が、ポトンと皿の上に落ちた。普通の肉だろうと思ったら、五十センチ角の発泡スチロールに入った見事な牛肉だった。島根和牛≠ニステッカーが貼ってあった。今まで見たことのない高級そうな肉を、島根の牛だから島根和牛なのだろうなどと妙な理屈を言いながら、家族全員でウハウハ食べた。豪華だった。 ところが最近は、全く当たらない。懸賞に応募もしない、福引もしないからだ。 たまには宝くじを買ってみたいな――悪魔が囁く。すると天使が杖を横に振る。無駄遣いは止めなさいと。 妄想が膨らむ。何かいいことはないかしら、元気がもりもりと湧いてくるようなことは……。里の母に電話した。 「おかあさん、驚かして悪いけれど」 もったいぶって言った。 「水戸納豆のクイズに応募して当たった。水戸旅行! 副賞は百万円だよ」 「あらら、ほんとかね」 「お母さんに、ワニのハンドバッグ買ったから」 「あんた、納豆を食べ続けた甲斐があったねえ」 お互いが喜び合って、電話を切った。 一時間後、妹から電話が掛かってきた。 「そら来た」 呼び出し音を聞いただけで、妹だと分かる。 「お姉さん、よかったねえ。昔から、よく当たるものねえ」 「普段のオコナイがいいから、神様が見ているのよ」 キリスト教徒でもないのに、いつもこんなふうに私に話しかける。 「あなたにも、バッグ買ってあげようか?」 「私は、要らないわ」 お姉さんも買えばいいなどと、ひとしきりハンドバッグの話に花が咲いた。 「ところで水戸納豆って、菊川伶がコマーシャルしている、あれでしょう」 「違うわよ」 「じゃあ、誰がコマーシャルに出ているのよ?」 「たしか、綾小路きみまろだったかなあ」 「……」 途端に、妹の鼻息が荒くなった。 「お姉さん、そんな納豆のコマーシャル無いわよ」 「だって、今日は、四月一日だもの」 全て実話である。 |
◇作品を読んで
無心で懸賞に応募する作者は、当選率が高いようだ。当たった品物に、それぞれの品物にまつわる面白いエピソードが書かれ、羨ましいなと思って読み進める。 読み手の羨望は、外国旅行と和牛が当たったことで最高潮に達する。更に、水戸納豆を買い続ける作者は、とうとう旅行と百万円を手にした――のはずだった。作者が目論んだ騙しは、妹とのコマーシャルのやりとりから崩れてしまう。だが、四月一日で踏みとどまった。そして、だめ押しの「実話だよ」という一文が読み手を笑わせて、話はまた冒頭に戻るのである。 切れ味のよい短い文の積み重ねは、内容とよく合っている。こういう内容と構成の仕方は、作者の独擅場(どくせんじょう)である。 |