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  初夏の新作手編み
                        篠原 沙代  
                                                                                     平成18年6月22日付け島根日日新聞掲載

 チューリップの花が満開のころ、手編み友達のK子から新作セーターを紹介された。彼女自身はもう仕上げており、編み図と共に作品を見せてくれた。すかし模様の鈎針編みだ。私が参加しなかった講習会で教わったと言う。
 モチーフつなぎのほかに、三、四種類の模様編みが組み合わさり、なんとも掴みどころのない作品である。赤を中心として、橙や黄色、黄緑と少しずつ色が変化している段染めのためか、編み目模様がはっきり見えない。それも不思議さを増している。材質は、麻が入っているのだろう、かさかさした感じだ。麻は刺激が強すぎて、私の肌には合わない。編む気がしなかった。
「これ、面白いから編みなさいよ」
 K子が言った。編み方は面倒そうだし、糸もいやだ。どう答えたら良いかわからず、黙って編み図と作品を眺めていた。
「編み方はそんなに難しくないし、絶対、編んでみる価値があるわよ」
 重ねて言う。断るのも悪い。手編みの楽しみを語り合うK子が、強力に勧めるのだ。勉強だと思って編もう。
「手持ちの糸があるから、それで挑戦してみるわ」
 そう返事をして、編み図をコピーさせてもらった。こうなれば、編まないわけにはいかない。気が進まないながらも、すぐに編み始めた。ちょうど制作に区切りがついており、編みかけの作品がなかったからだ。しかも、在庫処分をしたい糸があった。以前の手編み講習会で買ったものだ。品質はシルクなので気に入ったのだけれど、デザインが嫌で編む気になれず、放っておいたのだ。段ボールの肥しにならずにすんだ。単色の灰色がかった薄紅色なので、おとなしい雰囲気の作品になるだろう。編み目もはっきり見えるはずだ。編んでみていやだったら解けばよい。せっかく言ってくれたのだから、とにかく挑戦してみよう。そういう気分だった。
 編み始めてみると楽しかった。四角いモチーフを編み繋いでいるうちに、いつの間にか相当な部分が出来ていた。モチーフの回りは複数の編み方が組み合わされているので、飽きることがない。それでいて、袖ぐりや襟ぐりあたりは簡単な編み方なので、面倒がなく、きれいにカーブをつけることができた。
 複雑さが重ならないのだ。デザイナー氏のアイディアに感謝する。なるほどK子が勧めるはずだ。
 ほんの少しでも暇が出来ると、編み針を手に持った。編み始めると夢中になり、やるべき仕事を放ったらかしてしまうことがしばしばだった。
 編み図では、モチーフにビーズを入れて往復編みをするように指示されている。モチーフの往復編みは要注意だ。何度も方向を間違えた。ビーズは入れなかったのだから、一方方向に編んで構わなかった。復路で、表にビーズが出るからだ。編んでしまってから気がついた。よく考えてから編めば良いものを、よけいな苦労をしてしまった。
 編み糸は、指定の糸と同じ位の太さなので、ほとんど編み図どおりに編んだ。だが、予定より小さめになってしまった。ゲージを計った時には、指示どおりの大きさだったのに、手の加減だろうか。早く気がつけば、一号太い針で編んだのに、後の祭りだ。
 なかなか満足の行く作品はできない。それでも、各所に工夫をした。ウェスト辺りはきつめに編んで自然に細くなるようにし、胸のダーツもつけた。
 私はだいたい普通サイズである。肩幅の標準は三十六センチなのに、編み図では三十四センチだ。狭すぎるのではないかと心配だった。ただでさえ、全体が予定より小さめだったからだ。肩幅を大きくしようかと迷ったのだが、他の部分はゆったりサイズの編み図だ。何か意味があるのだろうと思い、指示どおりに編んだ。だめなら編み直せば良いのだからと、解きやすいように糸の始末を後回しにした。
 編み上がり、袖と身頃を縫い合わせ、作品を着てみて納得した。肩山にきちんと袖山が来る。袖に身頃が引っ張られるからだ。これ以上は伸びないように、襟ぐりにゴムを入れた。襟ぐりが広がらなければ、肩山が落ちることはないだろう。
 デザイナー氏の考えの深さに感心する。私自身が製図をしたなら、こうはならなかっただろう。編み模様は一見複雑で不思議だが、色によるのか、おとなしく、爽やかだ。初夏の今ごろ着るのにちょうど良い。同じ編み方でも、糸の材質や色で、こんなにも雰囲気が異なるのかと驚いた。
 一月半で仕上げた。私にしては、かなり早い仕事だった。
 梅雨入り前の晴天が続いている。チューリップは葉も枯れて、来年のために球根を掘り上げた。今は、紫陽花が色づき始めている。
 完成したばかりの作品を着て、鏡の前でファッションショーをした。いつまでたっても下手な袖付けはがまんするとして、まあまあ着るに耐える作品だ。K子には忙しい時間かも知れないが、とにかくお礼の電話をかけた。
「出来たよ」
 お互いに、制作過程の苦労話をする。三十分もの長電話になった。二人とも、作品そのものにも増して、出来上がりを夢見ながら、製図や計算をしたり、一針一針編む作業が好きなのだ。おかげで面白く、しかも楽しく手編み制作ができた。
 同じ気持ちを持てるK子だから、多少の好みの違いはあっても信じることができる。これからも、勧めにはきちんと応じるつもりだ。

◇作品を読んで

 編み物をしたことがないので分からないが、機械に頼るようになって趣味で手編みをする人は減ったのではないだろうか。いずれにしても、編み物は編むことの楽しさや苦労、もし誰かに贈るとしたら、お互いの喜びによって支えられるものだろう。
 作者は作品の幾つかに、毛糸編みを登場させる。どう表現すれば、読み手に手順や難しさが、特に編み物をしたことのない読者に分かってもらえるかを考えるという。
 編み物は糸でループを作り、別のループを絡ませて繋げていくことだとすれば人と人の関わり、人生模様に似ていると作品を読みながら思った。「編んでみていやだったら解けばよい。」と書かれているが、編み物はほどけるものの、人生のそれは簡単ではない。いつしかそんなことも思いながら、新作手編み作品の出来上がりを想像していた。