豆ちゃん
曽田 依世
平成18年4月6日付け島根日日新聞掲載
中学からの親友である、舞ちゃんのうちへ遊びに行った。 自転車で行くと四十分もかかるが、今日は車を運転して行った。免許を取ったからだ。 久しぶりに会う舞ちゃんは、相変わらず可愛い。舞ちゃんは、犬を飼っている。犬の名前は豆ちゃん≠セ。 舞ちゃんの家は、海のそばに建っている。 「ひさしぶりに豆ちゃんを連れて、海に行こうか」 と、散歩に誘ってくれたのだ。 飼い主の舞ちゃんと同じくらい、豆ちゃんが好きだ。舞ちゃんが飼っている犬だから、豆ちゃんが好きなのかもしれない。 豆ちゃんは、捨て犬で雑種だ。舞ちゃんと二人で海岸を散歩した時に拾ってきた。あれから四年が過ぎた。 豆ちゃんを拾った時、舞ちゃんも私も飼いたいと思った。二人とも、飼いたいという気持ちは、同じくらいに強かった。だが、庭の広い家に住む舞ちゃんが、飼うことになった。 豆ちゃんは、ぬいぐるみみたいに小さくて、ころころしていた。歩く姿はレタスを転がすようだった。毛が短いのに、目だけは毛に隠れてみえない。目の上の柔らかい毛を、ふうっと吹けば、ビー玉みたいな丸い目が二つ、ピッピッと動くのが見えた。抱くと、短い尻尾が胴にくっ付いて、ますます小さくなってしまうようだった。 最近、捨て犬は珍しい。犬を飼いたい人は、ペットショップで買う。種類にもよるが一匹、十万円前後するものもいる。なんで、こんなに可愛い犬が捨て犬になっているのか、舞ちゃんと私は不思議がった。 「舞ちゃん、お願いだよ。豆ちゃんは、庭で飼うことにしてね」 「二人の犬にしようね」 しつこく、くどく舞ちゃんに頼んだ。 「庭に、豆ちゃんの小屋を作ろうよ」 「家の中には、絶対に入れないでね」 「座敷で動物を飼うと、家が傷むらしいから……」 ほんとうは豆ちゃんが庭にいれば、すぐに会えるからだった。何度も舞ちゃんのうちへ遊びに行った。 豆ちゃんを連れて、海岸を走った。舞ちゃんは、豆ちゃんと私の後を自転車で付いてきてくれた。豆ちゃんは速く走る。私と同じくらいだ。舞ちゃんは、きゃーきゃー言いながら笑った。笑いながら、自転車を漕いだ。 もう、豆ちゃんは、大人になってしまった。ころころもしていない。 舞ちゃんが豆ちゃんに、ご飯を食べさせる様子を見ていた。ご飯を盛った皿を持って、豆ちゃんに近づくと、伏せた格好をして待つ。 「待て」 と言うと、お座りをする。皿の前でじっと動かない。一分でも二分でも待つ。 「よし」 と声を掛ける。 豆ちゃんは、ご飯を食べる。あまりにもお利口さんなので、私はついつい、いたずらをしてみたくなった。 「待て」 食べるのを止める。 「よし」 食べる。 「待て」 中断して待つ。 「待て……。よし……。待て……。よし、待て、よし、待て」 「おいおい、豆ちゃんにストレスが溜まるようなことしたら、駄目よ」 呆れ顔で舞ちゃんは私の顔を覗く。豆ちゃんは、食べかけのまま、じっと待っている。 舞ちゃんは、四月から島根大学教育学部に進学する。学校の先生になりたいという。将来どんな先生になるのだろうか。 うちに帰ったら、またすぐに舞ちゃんの家へ行きたくなるかもしれない。豆ちゃんに会いに、明日も来てみよう。車を運転して……。 |
◇作品を読んで
私という一人称で書かれているが、随筆ではない。犬を拾った舞ちゃんと私の「物語」である。 舞ちゃんもそうだが、私は犬の豆ちゃんが大好きである。その気持ちが、巧みに表現されている。豆ちゃんに悪戯をする。人間の玩具にされているとも知らず、何のことだろうと思ってじっと待っている。犬を飼ったことのある人なら、殆どの人がそんなことをしたはずである。 作者は、子どもに向かって話しかけるつもりで、この物語を書いたのではないだろうか。犬と私の微笑ましい物語である。 |