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  趣味と私と現実と
                                  田口 小雪  
                                                                         平成18年3月16日付け島根日日新聞掲載

『アロマセラピストになろう』と思ったのは、子育て真っ最中の二年ほど前。講座の資料を取り寄せ、即、入校申し込み。
 届いた教材に「ああ。私には無理。だってこんな細かいこと、子育てしながら出来るわけないじゃん」と、一笑。阿呆者だ。
『ヴァイオリニストになろう』と思ったのは、子育て大奮闘中の一年前。インターネットで教室を調べ、即、レッスン。
 やっていくうちに「ああ。私には無理。だって、やっぱりこういう音楽ってのは子供のうちからしなくちゃね」と鼻を鳴らす。馬鹿者だ。
『人形作家になろう』と思ったのは、つい先日。パソコンを駆使して、いろいろ調べる。まずはオークションで落とした人形を解体し、カスタムする。
 作業をしている時に「ああ。絶対、私には無理。だって絵が描けない人間が人形の顔なんて描けるわけないじゃん」と口角を下げる。ここまでくればもう、大たわけ者だ。
 やる前の私の勢いと思い込みはものすごい。絶対出来る。不可能なんて文字はない。今の世の中に定年なんて言葉はない。いつまでも現役。いい言葉だ。素晴らしい。と、ここで置いておけば良かったのだ。つまらぬ欲と意欲を出して結局散財。身についているものは何一つない。(断っておくが、一応まだ続けてはいる。一応……)
 どれもこれも、単なる趣味以下で終わってしまっている。オイルの匂いをかぎ分けることも、メンデルスゾーンを弾きこなすことも、解体した人形を組み直すことすら出来ていない。反省しなければ……。
 ただ、友人は、趣味をたくさん持つことはいいことだ、と言ってくれる。アロマの香りを嗅ぎながら、この調合いいと思うよ、と笑ってくれる。私のヴァイオリンを聴いて上手くなったね、と褒めてくれる。バラバラの人形を見て個性的な人形だねと、視線をそらし戸惑ってくれる。
 だから私は、この多趣味生活は止められないのだ。
 褒めてくれる、共感してくれる人が一人でもいると、人間増長するものだ。この友人の言葉で、私の鼻はいつもピノッキオ。
 でも、この続かない習い事は、私だけでは決してないはず。
「パッチワーク、習おうかしら?」
 たくさんの布切れがタンスの中で眠ってないですか?
「上司に言われて……。エヘヘ……」
 フルセットで買ったゴルフ道具が、車のトランクで永眠してないですか?
「俳句に、少し興味が湧いてきて……」
 何冊もの本が、棚の中で埃をかぶっていませんか?
 この他に思いあたることが一つ二つあれば、それはもう立派なちょっとかじりたい症候群≠ナある。略してちょかじ症候群=\―私が個人的に、私的に、勝手に、命名したもの。
 何事も続けることは大変だ。千里の道も一歩から。石の上にも三年。――誰でも知ってる諺だが、学生の頃から大嫌いな言葉。辛抱が足りない性格に生まれついたに違いない。そう、生まれのせいにしておこう。
 趣味は大体にして役に立たない。自分一人だけで悦に入り、満足する世界だと思う。それでも、本当にごく稀に役に立つことがある。
 たくさんの習い事や勉強をしてきた。英会話もそうだ。ある程度、喋れるようになると、旅行には困らないからいいや、住むわけじゃないしと、ちょうど会費更新の期限が来ていたこともあってすんなり退会。今じゃ字幕なしでは外国映画も見られない。習う前の自分に逆戻り。高かったのに……。
 それでも、科白は聴き取れなくても、英字新聞がチンプンカンプンでも、ほんのり覚えているのは、勉強の賜物だろう。
 そのことが、次の興味に渡る架け橋になった。
 市内在住の外国の方に日本語を教えるボランティア。英語も喋れない方もいる。母国語のみ。まっいっか何とかなるさと、プラス思考でいけるのは英語以外の言葉も二、三勉強したお陰かもしれない。
 やっとここにきて、私の趣味が人様の役に立つことが出来た。なんとも嬉しい限りだ。
 だけど……そろそろ現実を見ねば。いい加減、歳だし。子供を押しのけて趣味だけに突っ走るわけにはいかない。そのお金を子供に貯めておいてやらねば。
 だから、多趣味散財生活はしばらくお休み。今やっていることのみを細々と続けていこう。
 子供がもう少し大きくなったら……。ゲートボールをしてみたい。みんなでワイワイのんびりと、太陽の下で談笑しながらスポーツを楽しむ。ああ、こう思っただけで、直ぐにでもゲートボール協会に電話をしたい。が、ぐっと我慢、がまん、ガマン。
 もう少し子供が大きくなるまでの辛抱。もう少しの、ね。その時は、誰か私をゲートボール仲間に入れて下さいね。どうかお願いしますね。

◇作品を読んで

 誰でも、自分の文体を持っている。文章の癖や好みということでもあるが、読み手が独自の文体と感じるかどうかは、書き手の感性と文章技術に左右される。ともあれ、個性的な文体を自分のものとすることは、文章を書く上で大きな力になる。
 この作品は、冒頭から短い文と体言止めが多く使われ、意図的に同じ言葉や文末が来て、独自の文構成となっている。従って歯切れがよい。最後の語りかけも、雰囲気が出ている。
 作品を読んで面白いと思うのは、共感できるからである。「ああ、そうそう。そうなの……」という思いであり、この作品にはそれがある。
 すべからく、随筆でも小説であっても、面白くなくてはいけない。
 作者は、読者に楽しく読んでもらえればと思って書いた。そういう意味では成功作である。