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 ショートショート 消えた女生徒
    
               田井 幸子
                                                                        島根日日新聞 平成16年11月4日付け掲載

 このときの気持ちと言ったら、どう表現したらいいのだろうか。

 私は、いつものように六時間目の授業が終わると、掃除場所へ向かった。私の持ち場は、二年三組の教室だ。廊下の突き当たりを左に曲がるとすぐのところにある。
 掃除はわりと生真面目にする方だ。すぐに机を後へ下げ始めた。そのとき視線を感じて振り返ると、男子がチラチラと私の方を見ている。女子はいない。
(あれ? 何だかいつもと違う)
 そう言えば、女子の騒がしい声がまったく聞こえない。どこも静かだ。
 この学校は商業高校で、女子が全体の七割ほどを占めている。六百人はいたはずなのに……。不安な気持ちが、ぽっちりと私の胸に染みを落とした。
(落ちつけ。よく考えるんだ)
 私は自分に言い聞かせると、できる限り平静を装って手を動かし続けた。周りの男子にわけを聞けばいいのだろうが、私は軽い男性恐怖症だ。この高校を選んだのも、それが理由のひとつだった。
(そうだ。家庭科室へ行こう。あそこなら、女子だけの受け持ち場だから……)
 私は廊下へすっと出ると、俯いたまま足早に三階へと上がった。
 その間も女子には会わなかった。家庭科室は掃除をされないまま、静かにカーテンが引かれていた。ほっとした。ここなら男子に見られない。とりあえず掃除が終わるまで、ここでじっとしていようと思う。 
 そっとカーテンを開けて、中庭を見る。そこにも男子が数人いるだけだった。殆ど絶望的だ。消えたのだ。一体、これはどうしたことだ。陰謀だろうか。私は今までのことを振り返って見る。
 私には、特に親しい友人はいなかった。作ろうとしなかったと言った方がいいだろう。一人でいるのが好きだったし、休み時間になると誘い合ってトイレに行ったりする女子を軽蔑していた。かといって、誰に意地悪をしたわけでもなく、嫌われてもいなかったはずだ。クラスのどの子とも等間隔で、同じように付き合っていたから。
 今日という日は、きっと何か特別なことがあったのだ。普段から一人行動をしている私に、声を掛けてくれなかっただけだ。でも、それは何? 何があったの? もうすぐ掃除時間も終わる。そうしたら、家庭科室には鍵がかけられてしまう。不安の染みは、胸全体を覆い始めていた。私は女子トイレに隠れることを思いついた。一番近いそこまで行くのに、幸い誰とも会わなかった。
 私は、もう一度思い出そうと努力した。不安がグイグイと後押ししてくれるが、焦りがまた引き戻す。 
 掃除の終わりを告げるチャイムが鳴った。
(そうだ! あれだ)
 ようやく思い出した私は、笑いたくなって個室へ入った。
 やがて体育館の方から、ドヤドヤとした足音に混じって、会話が聞こえてきた。
「私なんか、買ったばかりのコート、取り上げられちゃった」
「まったく、先生ったら、いやらしい。スカートに定規当てて丈を測るんだもの」
「急に女子だけ服装検査なんて。ずるいよね」
 一団が通り過ぎるのを見計らって、私は何くわぬ顔で手を拭きながら、女子の集団の中に加わった。

◇作品を読んで

 気がついてみたら、周りには誰も居なくなり、自分ひとりだった。不安になる。友達を見付けようとするが、どこにも居ない。こういう経験は、大なり小なり誰でもありそうである。おそらく作者も似たような経験をしたのだろう。
 この作品は原稿用紙約四枚弱であり、ショートショートというジャンルを意識して書かれた。タイトル、内容共にミステリー的で面白い。
 ショートショートのように短い話は、細かい描写を書くことは無理であり、どちらかといえば物語の展開に力を入れる。ストーリーを起承転結の型でまとめ、最後はオチで決着をつけるのが常道だろう。
 起承転結に盛られた内容を更に詳しく書き、いろいろな事件やエピソードを書き込んでいくと、原稿用紙十枚くらいの短編になりそうである。