随 筆 2004年9月
また持ち越し
糸原 静
島根日日新聞 平成16年9月23日付け掲載
手編み大好き人間である。毎日、時間があれば編み物をしている。家族のものしか編まないが、仕事だと思っている。 肩凝りはほとんど感じないが、指が痛くなることがある。そうなったら困る。編む作業だけに偏らないように、たとえば、針を動かすのは、一日四時間までにしたりして工夫をする。また、ひとつの作品を製作中に、次作の用意をする。デザインを考えたり、製図をする。目数や段数の計算もする。そうすれば、いつでも編む作業があるし、編む作業ばかりではなくなる。 今回も一か月以上前から、次の作品はどんなにしようかと考えていた。あれやこれや模様を試しに編んでみるのだが、編み地が決まらない。前の作品ができあがってしまい、この一週間は、試し編みだけで過ごしてしまった。 三年前のある日、手編み大好き友人と糸屋さんへ行った。間口二間ほどの小さな店には、あふれんばかりに毛糸が置いてあった。この糸ならこんな作品、あの糸ならあんな作品などと話しながら物色していた。いわゆるウィンドウショッピングである。 そのうち友人は、山積みの糸の中から一袋を引っ張り出して、私のイメージの色だと言ってくれた。ピンクがかった薄紫だ。春を思わせる甘く優しい色、嫌いじゃない。これがマイカラー≠ネのか。そうかも知れない。赤系の色は好きだ。似合うとも思っている。淡い色は心が落ち着く。ただし、甘く優しい人間ではないと思うが。 色も大切だが、品質にこだわる。洗えるウールだから、手入れが簡単なうえに、弾力があって編みやすい。肌への刺激を少なくする加工もしてある。肌の弱い私には重要なことだ。これがしてないと、ウールはチクチクする。普通は右にねじったS字縒りなのだが、この糸は左にねじったZ字縒りだ。編むと縒りが強くなり、シャリ感が出る。しかも定価の約半額。気に入った。 量がちょっと少ないのが心配だ。製造中止の糸だとメモしてある。だから安いのか。買い足しは絶対にできない。この糸を使用した作品があると参考になる。ふさわしい編み方や使用量の見当がつくからだ。店の人に聞いてみたが、見本製品も、編み図もない。糸の太さと長さから考えて、オーソドックスなデザイン、単純な編み方であれば足りると判断した。 せっかく友人が勧めてくれたのだから、買うことにした。夢を持ってしまった。 糸は、買うことと編むことが別問題であることが多い。 糸を買う時は、希望に胸躍らせている。実際にはできないのに、糸を見ていると、素晴らしい作品を想像して、夢を膨らませてしまう。これが間違いのもと。 買ってすぐ編めばまだ良い。満足できなくても、それなりの作品になり、着用できる。 だが、すぐには取りかかれない。いつも製作中の作品を抱えているからだ。その作品ができあがる頃には、編む情熱が冷めていることが多い。編もうとしても、できあがるのが季節はずれになりそうだと、編む気が失せてしまう。別の糸に魅了されて、また新たに、糸を買ってしまうこともある。気に入った糸は、ある時に買わないといけない。欲しい時いつでも手に入る、とは限らないからだ。この繰り返しで、糸はどんどんたまってしまう。糸のままではどうしようもない。 編み物友達はみんな、段ボールいっぱいの糸を抱えているようだ。糸屋さんを開業できそうだと言う人もいる。私も例外ではない。夢の入った段ボール? いえいえ、お荷物の段ボールとなってしまっている。一つ一つは思いを込めて買った糸なのに。 消化しなくてはならない。一大決心をして、買わない、と自分に言い聞かせた。流行があるので、勉強のために作品集は見るのだが、作品用の糸は買わない。手持ちの糸に合う作品を製作した。 友人推薦の糸は、手持ち最後の夏糸だ。あとは冬糸ばかり。会心の作にしたい、という思い入れが強すぎたのだろう。糸量の問題もあった。編み地を決める段階で、手間取ってしまった。 もう九月。いくら頑張っても、できあがるのは十月だ。季節はずれで着られない。そんなものには製作意欲が湧かない。 諦めよう。やる気のない時に編んでも、ろくな作品はできない。年を越して、春先に編もう。 今は秋冬物を編もう。 また持ち越しだ。 |
◇作品を読んで
編み物、それも手編みが好きである。指が痛くなることがあるらしいから、かなりな思い入れがあるようだ。だから、いくらでも糸を買う。買えば編みたくなるが、なかなかそうはならないので困る。そして、「持ち越し」になるという、その気持ちがよく表れている作品である。 切れ味のよい文と体言止めが使われていることで、歯切れがいい。内容と関わりがあるから、いつでもこれでよいというわけではない。しかし、内容によって書き分けるというのは、かなり難しい。 最初のタイトルは、「また持ち越し」であった。何回目かの書き直しの時に、「二〇〇四年九月」が付いた。聞けば、作品の整理番号である。原稿を眺めているうちに、面白いタイトルではないかと思ったが、どうであろうか。 |