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随筆 日盛り
  
               三島 操子   
                                                                        島根日日新聞 平成16年9月16日付け掲載

 今年の暑さは格別だ。今日も三十度を超えている。
 中庭にある白いサルスベリの木が、綿菓子のようにたっぷりと花を付け、重たげに青い空の中にいる。
 木のてっぺんは、時折風が通り抜けるのか、金平糖のような花びらが五つ六つ、乾いた砂の上に落ちてくる。
 午後になって気温はさらに上がったらしい。じっとりとした汗が気持を苛つかせる。
 縁側に思いっきり行儀悪く足を投げ出し、読みかけの本を開いてみた。冷たい麦茶を口に流しながら文字を追うが、ページは進まない。
「ピィー……、ピィー」
「チィチィー、チィー」
 けたたましい声だ。鳥の声!
 うとうとしていたらしい。突然の鳴き声に眼が覚めた。
 鳴き声を頼りに、部屋を覗き回るが声の主は見つからない。
「ピィー……、ピィー」
「チィチィー、チィー」
 落ち着いて耳を傾ける。階段の方? 二階の部屋に上がって見た。
 たっぷりと花を付けたサルスベリが、開け放した窓の側まで枝を伸ばしている。
「ピィ……、ピィー……、ピィー」
「チィチィー、チィー」
 花の中から、甲高い鳴き声が聞こえてくる。
 身体を乗り出して、花の枝を覗き込んでみる。
 見付けた。
 鶯色の鳥だ! ウグイス? 
 一羽の鳥が、こちらを見ながら、枝から枝へと落ち着きなく動き回っている。
「ピィー……、ピィー」
 突然、机とガラス窓の間で十センチほどの鶯色の鳥が、羽を広げつま先立ちしながら羽をばたつかせ、威嚇してくるのが目に入った。
 部屋の中にもいた。
 ピンク色の脚は心許なげであるが、脚先は鋭く大きい。
 外にいる鳥と同じ仲間のようだ。外に放してやろうと手を伸ばすと、二羽の鳥は必死の形相で外と中とで悲鳴のような鳴き声を上げる。
 気持を落ち着かせようと、砂糖水をしみこませた布巾を長箸の先に巻き、差し出してみた。
 ますます興奮して、小さな体をガラス窓に打ち付ける。落ち着きを取り戻すまで、この部屋を貸すことにして、そっと居間に降りた。
 鳥が動くたびに、白い花びらが、乾いた砂の上に降ってくる。
 まとまって降ってくる時は、花びらの先まで行って仲間を励ましている時だろうか。
 鳴き声は短く、長く、喉を切り裂くような悲しげな様子になってきた。
 胸を締め付けられるようで、たまらない。もう一回、助けに行くことにした。
 今度はモップの先にタオルを巻きつけた。羽根を傷つけないように追い出そうとして近づけると、外にいる一羽が必死に鳴いて何か知らせようとする。
 鳴き疲れてうずくまっている尾羽の辺りを軽くさわったと思ったら、驚いて飛び上がった。
 その時、開いている窓から外に出て、一気にサルスベリの花の中に転がり込んだ。
 白い花びらが、帯となって流れていく。
 悪戯盛りの子供か! 鉄砲玉のような亭主か! それとも、そそっかしい女房か!
 見ていると、花の枝を揺らし、時には花びらの中に隠れるように、飛び回っている。
 時折こちらを振り返り、何か話しているようにも見える。
 鳶色の二羽の鳥は、日盛りを一人で過ごす所在なさを忘れさせてくれた。
 裏山からほんの少し、風が出てきた。
 西日の射し始めた庭先を、盆トンボが風を切っている。先ほどまで花の中で戯れ遊んでいた二羽の鳥は、裏山に帰ったらしい。白い花の散り落ちたその場所だけが、涼しげな風景に変わっていた。
 静かになった庭砂の上を金平糖のような花びらが、ころころと踊っていた。

◇作品を読んで

 ある夏の午後であった。一羽の名も知れぬ鳥が、二階の部屋に舞い込んだ。窓の外に、もう一羽の鳥が心配そうにしている。逃がしてやろうと試みる作者の様子、花に託された思いなどが、鮮やかな文章で描かれている。
 この作品は、何度か書き直された。
 ある日、一緒に居る母にゲートボールをしようという誘いの電話が掛かってきた。母は出掛け、作者は一人になり、日盛りの時間を楽しむことにした。部屋の戸を開けたり、子どもの頃を思い出したりする。そういう情景も書かれていた最初の作品は、原稿用紙にして約七枚であった。推敲が繰り返された結果、その部分は削られて鳥が舞い込んだ様子だけが残され、約五枚となる。そして、選ばれた言葉が残った。