出雲と小説
松江の町は、古都といわれる京都、金沢とともに、いかにも日本的であって、城下町という伝統的な味わいとたおやかな雰囲気がある。 |
松江の町は、古都といわれる京都、金沢とともに、いかにも
日本的であって、城下町という伝統的な味わいとたおやか
な雰囲気がある。
それは宍道湖とその空に広がる雲、そして住む人の温か
い人情のせいではないだろうか。
この地方を舞台にした現代の小説にはミステリーから恋愛小説に
いたるまで、かなりな数があることに気づく。
だが、奇妙に出雲、松江を出身地とする小説作家は少ないのであ
る。
作家が多く生まれる風土の特徴というものがあるのかどうか分か
らないが、森鴎外、小泉八雲などの古い時代の作家はさておき、
現代の小説に限っては、出雲の松本侑子、松江の法月綸太郎、藤
田武嗣、冨士本由紀くらいである。
これらの作家、あるいはこの地方を訪れた作家が、出雲地方を背
景にして書いた小説にはどのような風景、風物が登場するのかを
探ってみるのも面白いのではないかと思う。そのような小説は背
景がこの地というだけで特別の意味合いがあるのではない、とい
う指摘もあるかもしれないが、舞台となった土地に住む者にとっ
ては、小説の中に、知っている町があり、風物が主人公とともに
描かれるというのは小説の内容とはまた別にして、それだけで嬉
しいものである。
小説に描かれる風景は、その地に暮らす人々ならば見落とし、何
となく横目で見ながら通り過ぎてしまいそうだが、それをどうす
くい取って書くかが作家の才能でもあろう。その地方の出身では
ない作家の、いわば旅人なればこその発見とでも言うべきものも
あるかもしれないとも思うのである。