松江発、世界基準のプログラム言語
製作者の意図を容易に表現
松江発のコンピュータープログラミング言語「Ruby(ルビー)」をご存じでしょうか。
米子市出身で松江市在住のプログラマー・まつもとゆきひろさんが一九九三年二月から開
発に着手し、二年後に完成しました。その後、インターネットに公開して全世界にブレーク。
今後の展開に期待が集まるRubyについてご紹介します。
「ルビー」と聞いてまず思い付くのは宝石。「パール」(言語のパールのスペルは「Perl」で真珠は「Pearl」)という著名なプログラミング言語があって、これが六月の誕生石なので、それでは七月の誕生石のルビーにちなんで「Ruby」の名前が生まれました。 現在、Rubyの海外ユーザーは数十万人といわれ、関連のサイトには二千五百を上回る開発プロジェクトが登録されています。英語のユーザーが圧倒的に多く、英語のメール投稿は日本語の十倍、英語のRuby関連図書は二十冊を超えています。日本語でも関連書は百冊以上。日本生まれで、全世界で使用されている唯一のプログラミング言語です。
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では、なぜこんなに世界のプログラマーから支持されているのでしょうか。その前に、コンピュータとソフトウエアについて若干のおさらいをします。
「コンピュータはソフトウエアがなければ、ただの箱」などと以前、よくいわれていました。現在はソフトウエアが"かゆいところまで手が届く"ようになっていて、スイッチを入れれば何らかのソフトが動いており、ただの箱などということはありません。
しかし、コンピュータが動く原理は同じです。コンピュータは今も昔も、電流のオン・オフによる単純な命令を膨大に組み合わせ、それを膨大な量で記憶して、中心部のCPUと呼ばれる部分が、その命令を膨大なスピードで処理して動いています。その膨大なオン・オフの組み合わせを0と1の2進数で表したのが機械語(マシン語)です。コンピュータはこの機械語で動きますが、とても
人間の使いこなせる言語ではありません。そこで、機械語を英語の命令に翻訳した高級言語が次々と開発されました。
コンピュータ進化の歴史は、ハードの技術開発に比例しています。CPUの処理速度とメモリ集積度の増大化に伴ってプログラミング言語も進化し、現在では以前に考えられなかった複雑な命令を組み合わせたソフトウエアや、一般ユーザーがより簡単に扱えるソフトウエアがどんどん作られるようになりました。
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そうした数あるプログラム言語の中で、Rubyはなぜ世界のプログラマーに支持されているのでしょうか。まつもとさんは、開発に際して「ストレスなくプログラミングを楽しめること、プログラマーをハンピーにすること」を最も重視した、と話しています。ソフト製作者にストレスを感じさせず、幸せにする、ということ。これがRubyの基本思想です。
Rubyのホームページを見ると、オブジェクト指向のスクリプト言語、インタプリタで作動、軽量言語、オープンソースなどの専門用語による解説が並んでいます。これを基本思想にそってみれば「頭の中に存在するあるべきソフトウエアのイメージを、人間の思考に沿った自然な流れで書き表せる」「他の言語より少ない行数で(少ない労力で)書き表せる」などに言い換えることができます。
もう一つ、Rubyを世界に広めた大きな理由は、思考しやすく拡張できる基本設計に加え、その設計図(ソースコード、Rubyの中身)をインターネットで公開したことにあります。
これによって、世界の有能なプログラマーたちが、この設計図をより使いやすく、より豊かな表現ができるように膨らませていったのです。RubyはOS(オペレーティングシステム)がウィンドウズであろうとマックであろうと、多くのOSで製作可能です。そして、バグ(作業途中でフリーズするなどの不都合)が少なく安定しています。これらの長所は、オープンソースによって集まった多くのプログラマーの努力によるものです。
コンピュータは、まだ発展途中で、プログラミング言語自体も、製作者の意図を出来るだけ忠実に表して、速度の速い方向へ進化しています。究極的には「人間に近い認識力で人間の能力では及びも付かないスピードで仕事をさせるソフトウエアを作ることのできる言語」を目指しています。Rubyはこの理想に向かって進化を続けている言語です。
ルビーをめぐる最近の動き
Ruby検定もスタート、大手ネットショップも導入
二〇〇七年七月、開発者のまつもとゆきひろ氏らがRubyの普及拡大を目指す合同会社「Rubyアソシエーション」を松江市内に設立した。同社は十月に「普及啓発のきっかけに」と資格認定試験・Ruby検定をスタート。民間の動きに呼応して、松江市はRubyの研究開発拠点として06年7月に「松江オープンソースラボ」を創設した。
07年3月には、国内最大手のインターネット商店街「楽天市場」を運営する楽天(東京都港区)が、システム開発にRubyを本格導入。十月には、富士通や東芝、三菱電機など大手電機メーカーなどでつくる技術情報業務連絡会の視察団が、松江オーフンソースラボを訪れた。
◎インタビュー
ネットワーク応用通信研究所 井上浩社長に聞く
開発者とのふれあいが新たな世界生む
松江発の世界的なプログラミング言語Rubyと開発者のまつもとゆきひろさんを中心に、松江市内には(株)ネットワーク応用通信研究所(Nacl、井上浩・代表取締役社長)、Rubyアソシエーション(まつもとゆきひる理事長)、松江市開発交流プラザ(松江テルサ別館)などの事業体や協議会が設立・結成されている。Naclの井上活さんに、Rubyの可能性などを聞いた。
−昨年、都会地の大手情報技術関連企業が相次いで導入するなど、Rubyをめぐって大きな動きが相次いだ。今後の展開についてどのような期待を持っているのか。
「以前、松江市の松浦市長が『松江は不味公のお茶の文化があるが、これは茶道を中心に茶室、掛け軸、庭、お菓子などの創造・発展によって出来上がった総合文化だ。ルビーも同じように発展していく文化だ』と話されたことがあります。
まつもとさんも『プログラミング言語はコンピュータ科学の総合芸術である』を持論にしています。コンピュータ科学のあらゆる技術情報が結集してプログラミング言語は作られている、ということで、Rubyの発展・進化は周辺に様々な文化を生み出していくと思っています」
−開発者のまつもとさんは松江にいる。地域資源として考えると、どのような効果が期待できるのだろうか。
「まつもとさんを慕って県外から有能な人々が松江に集まってきています。NaclにもTターン者が10人います。今はネット社会でどこにいてもコミュニケートが可能ですが、やはり人間同士直接にやりとりすることから生まれるものがありよす。まつもとさんは米国で毎年、講演しています。米国ではRubyにかかわるNPO団体が仲立ちして、プログラマーたちが、まつもとさんと直接、接する機会を設けています。プログラマーたちは、そこから何かを得ているはずです。Rubyを核にした創造へのひらめきは頭脳と頭脳の交わりから生まれるのです」
−Ruby資格認定試験も実施された。反響は。
「Rubyアソシエーションが立ち上げた試験制度で、まつもとさんが監修しています。昨年12月に松江と東京で実施し、受験者は百人を超えました。合格者はRuby技術者として評価され高水準のRubyによるシステム開発能力を持つことが認定きれます。2月からはネットによる英語での受験なスタートしますよ」
−プログラマーでない一般の人にとってRubyはどんなソソトなのか。
「例えば楽天も、 システム開発にRubyを本格導入しました。島根県庁のホームページもRubyで動いています。知らない間に皆さんは既にRubyに触れているのです。
プログラミング言語によってコンピュータを自分の思い通りに従わせることができます。Rubyは初心者に優しく熟練者には奥の深い言語。パソコン初期のころベーシックをかじった人ならRubyも簡単に扱えます。プログラム例をそのまま打ち込んで実行させると、コンピュータがその命合通りに動くことを経験する喜びは大きいと思います。Rubyは一般の人の創造の芽を育てる言語といえるのです」 |