このページのTOPに戻る

 密閉教室
                 法月 綸太郎

 早朝、登校した女生徒が見たのは、机と椅子が消えたからっぽの教室に残された死体だった。窓は施錠され、ドアには目張りがしてある。その密室は、青春という密室でもあるのか?
 周到に張り巡らされた伏線が、つながる。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 梶川笙子は早朝の校舎が好きだった。
 人気のない白い廊下を歩きながら、薄明の名残りを漂わす静謐の中で他人行儀に響く自分の足音に耳を澄ますのが好きだった。
 誰もいない教室に一番乗りし、窓を開いて朝の冴えた空気の第一号を招じ入れるのが好きだった。教卓の花瓶の水を取り替えた後、ひとり席に着いて始業のチャイムが鳴るまで読みかけの文庫本の頁を繰るのが好きだった。この教室が自分ひとりの所有物であるかのような他愛のない錯覚を楽しめるからだった。
 だが、笙子にとって今朝は彼女の好きないつもの朝とはちがっていた。さわやかでもなければやさしくもなかった。一度も味わったことのない残酷で容赦ない一日の始まり、異世界に通じる別の扉を開いてしまったような朝だった。
 彼女ばかりではない。この湖山高校に関わるあらゆる人々にとっても、今日という日は予想もつかぬほど反日常的な、忘れ難い一日になることだろう。
                昭和63年 講談社
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 著者は、昭和39年、松江市淞北台に生まれ、京都大学法学部を卒業後、銀行勤務を経て、「密閉教室」で作家デビュー。23歳のときだった。
 この小説の舞台は、著者が卒業した島根県立松江北高等学校である。