英雄伝説
半村 良
広告代理店の東エージェンシー佐伯惇一は、不振の社を挽回するために友人の紹介で、大手製薬会社の相模製薬会長と会食をした。その夜、漢方薬の店主が射殺され、連続殺人事件が展開するのである。その事件の背景には、古代の神社が関わっていた。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 昇りにくい素朴な自然石の階段をあがって、しばらく神魂神社の蝉時雨を堪能してから、佐伯は参道を引っ返し、途中で田んぼの中の道を左に折れて、八重垣神社への近道を歩きはじめた。小さな丘が土地をこまかく区切り、丘と丘の間にまた田んぼがひろがっていた。 八重垣神社の前には、バスやタクシーがとまっていた。はなやかな夏姿の娘たちが、その女宮のつややかさを、いっそう引きたてているようだった。佐伯は拝殿の横から、まっすぐに裏の鏡池へ向かった。 そのとき、佐伯は誰かに呼ばれたような気がして、ふりかえった。……略…… 「あの森の名を知っていますか」 須佐はたちどまり、八重垣神社の裏の、鏡池がある森を指さした。 「稲田姫が八岐大蛇の難を避けて籠もっていた森だろう」 「佐草女の森と言います」 須佐は佐伯が手にしていたムラサキイトユリを示して言った。 「佐草……」 「大和では佐草(さい)と呼びました。つまり、イナダヒメは、その佐草でスサノオをとりこにし、ヤマタノオロチを退治する英雄に仕てていったのでしょうね」 「スサノオは麻薬で……」 「そうですよ。その佐草をよくみてごらんなさい」 佐伯は言われるままにムラサキイトユリを眺めた。 昭和48年 ノン・ノベル 祥伝社 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 半村良は、伝奇的SF小説という新分野を開拓した。ユニークな発想と壮大な構想で歴史を新角度から小説化したが、「英雄伝説」は、八重垣神社と大国主命が重なって大団円を迎える。 |
出雲松江殺人事件
木谷 恭介
全編にわたって島根県が登場する。最初の章は第一の死体が漂着した「加賀の潜戸」であり、冒頭に松江の「鯛めし」とそれに関する風景が6ページにわたって書かれている。最後の二つの章は、「米子・東京」「松江・安来」であり、それぞれ殺人事件がからむ。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− うなぎ定食が運ばれてきた。 蒲焼とご飯が別々になったお重で、蒲焼は小ぶりだった。 「ここのうなぎは串を打たずに焼くんです」 内山が説明した。 蒲焼には網の焦げめがついていた。 豆腐のおからの炒りつけが添えられていた。 豆腐のおからを蒲焼のうえにのせて蒸すと、宍道湖七珍のひとつ卯の花蒸し≠ノなる。 宍道湖七珍は松江の伝統料理だが、卯の花蒸し≠ワで気取ると酒の肴になってしまうため、別々にしてあるのだろう。 うなぎはほどほどの美味さだった。 ……略…… ラウンジからは夜の宍道湖をみはらすことができた。 うなぎ屋の奥座敷からみたのとおなじようなものだったが、高さがちがうため、宍道湖大橋をわたって行く車のライトを俯瞰する形になり、そのライトが数キロはなれた対岸を光の点となって移動していくのが遠望できた。 対岸は山陰の名湯で知られる玉造温泉で、湖畔のホテルの灯が暗い湖面ににじんでいた。 平成10年 光風社文庫 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 著者は、昭和2年の大阪生まれ。浅草の劇団「新風俗」「三木トリロー文芸部」等を経て週刊誌ライターとなる。昭和52年に『俺が拾った吉野太夫』で第1回小説CLUB新人賞を受賞し、本格的な作家活動に入った。 |