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        赤い瑪瑙(抜粋)

 松江の街は宍道湖と中海の二つの汽水湖を結ぶ大橋川を中心に南と北、この街の人は橋南、
橋北と呼ぶのだが、そこに広がる城下町であり、観光と文化を売り物にしている。数年前から、
市内を輪のように一巡する小型定期バスが運行されていた。窓が大きく、赤を基調にして華やか
な色に塗りあげたレトロ調の市内観光ループバス、レイクラインである。観光客には街の古さにマ
ッチしたそのバスが好評だった。
 レイクラインに乗った由未子はそのまま市内を回り、宍道湖岸に
ある市役所横の千鳥南公園に出た。小泉八雲文学碑の横を通り
抜け、ジョギングコースにもなっている堤防から水辺のすぐそばま
で降りる。釣り上げた獲物を夕食の料理にでも使うのだろうか、宍
道湖大橋方向に向けての湖岸にはハゼ釣りを楽しむ人の姿が見
えた。
 穴道湖に秋の夕暮れが迫ってきた。湖の西が赤い。火の色であ
る。熱と光を抱きながら燃え続ける火の色は、一瞬も同じ色を見せ
はしない。火の帯が紫色の山並みにかかり、サンライズイエローの
太陽が溶け合う。太陽の輝きを映し、黄と真珠色に染まった湖に
嫁が島が黒く浮かぶ。左手には小指ほどにしか見えない二体の黒い袖師地蔵が立っている。
 由未子は、石が敷き詰められた岸に腰を下ろした。地蔵が重なり、一つに見えた。西に目をやる
と玉造温泉を抱え込む山の木々が遠い夕日を浴びて輝いている。由未子は、身体の奥が痛むの
を覚えた。


 その夜、由未子は土産売場で見た妖しい血の色を思わせる赤い瑪瑙の夢を見た。
 空から涙粒ほどの大きさの赤い瑪瑙が雨のように落ちてくる。由未子が
入っている露天風呂の湯気の向こうで、全裸の若い男がそれを両手で受
け止めていた。男の顔は見えなかったが、短く刈り上げた頭髪が清潔そう
だった。女のような白い両手の指の間から、受け止め切れなかった赤い瑪
瑙の粒がこぼれ落ちて行く。それは、なぜか男の足下に拡がる暗く深い穴
に吸い込まれていた。由未子は、その赤い瑪瑙の粒が落ちるのを止めようと立ちあがり、湯をかき
分けて近寄った。
裸の由未子はそのまま男にすがりつく。全裸の二人はそのままどこまでも続く暗い穴に落ち始めた。
深い穴はしだいに細くなる。抱き合った二つの躰が螺旋状に回転し始め、その勢いが増すとともに
意識を失った。
 躰の亀裂に湿りを感じて眼が覚めた。枕もとに置かれたスタンドの淡い光が届いている杉板の天井
を見上げながら、由未子は夢を思い出し、誰も居ないはずなのに顔が赤らんだ。

                古浦義己著 「雨に咲く」より 平成10年10月刊 
 
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