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    西村京太郎  山陰路殺人事件 

 著者は、かつて人事院に勤めていた頃、よく旅をしたという。その体験が、一
連のトラベルミステリーとして開花した。昭和48年の「赤い帆船」に登場した
のが、警視庁捜査一課の十津川警部補である。この小説にも、十津川は警部とし
て出雲地方に登場する。
 京都駅の一番線ホームから、美人歌手柏崎マリとマネージャーの原田が、大阪
での公演の前にマリの希望で城崎温泉に向かう。ところが、城崎でマリが突然に
蒸発してしまった。マネージャーの原田はあわてて探し始める。マリは、杵築の
大社と呼ばれる出雲大社の境内で殺されていた恋人のテレビディレクターで、プ
レイボーイ河西殺害容疑で逮捕された。

 さらに、マリには、ディーゼル特急「まつかぜ1号」の車内で殺された元芸能
プロダクション社長と鳥取砂丘で死体となって見つかった新人歌手の殺人容疑ま
でかかってしまう。
 捜査一課の十津川警部は、東京から山陰に飛び、原田と一緒に島根、鳥取両県
の合同捜査に参加するが、捜査線上に浮かんだ容疑者には鉄壁のアリバイがあっ
た。そのアリバイ崩しのバックに、城崎温泉から鳥取砂丘、米子、松江、出雲大
社、出雲空港などの風景が展開する。
 山陰本線はJR幹線の中でも、単線・非電化区間が長いため偉大なるローカル
線と言われていた。十数年前までは新大阪と博多を結んでいた往年の長距離特急
「まつかぜ」や、姫路、大阪、鳥取を結んでいた急行「但馬」など、実に多くの
列車が走っていた。しかし、昭和61年11月の福知山線電化のダイヤ改正でそ
の姿は消えてしまう。この「山陰路殺人事件」は、今は懐かしいディーゼル特急
「まつかぜ」のグリーン車デッキが殺人事件発端の舞台であり、その名前が謎解
きの場にたびたび登場する。
 ほとんどのトラベルミステリーのキーワードは、地方、列車、そして、その起
点と終点である。西村作品は、それを十分に満喫させてくれる。
 この小説に描かれた山陰地方を、「夏は明るく優しいが、冬は寒く、厳しい。
それも極端にである。人々が山陰路に憧れるのは、その言葉の持つひびきによる
だろうが、冬と夏の顔が極端に違う面白さにもよるのではないか」と著者は言う
のである。

                 昭和61年 光文社刊 カッパノベルス


              島根日日新聞連載5 平成12年1月29日 古 浦 義 己