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    松本侑子  美しい雲の国
         
 
 昭和48年夏の斐川町が舞台である。出雲市出身の松本侑子は、主人公の小
学生村上美雲にこう言わせている。
「遠くから出雲平野を見ると、かっちりと角刈りに整った築地松が、緑色の屏
風のように点在していて、独特の光景です。そして、夏、この築地松のそばの
部屋でするお昼寝といったら最高です。青い稲田をわたって、そよそよ風が吹
いてきて、築地松の枝を通りぬけ、部屋に入ってきます。―― 古い思い出を大
切に抱えて沈黙していた屋敷もやがて取りこわされ、松くい虫をのがれてわず
かに残っていた築地松も、庭木も、根こそぎ切り倒されました。今はマンショ
ンが建っています。」
 その美雲は、夏休みに東京から近所に来ていた同学年の佐々木剛に出会う。
美雲は、自分の名前が「古事記」にある「八雲立つ出雲」にちなんで父がつけ
てくれたと自己紹介をし、剛に「美しい雲……きれいな名前だね」と言われ、
嬉しくて顔を熱くする。二人はその夏を自転車乗りや虫取りで過ごすが、やが
て突然の別れが来た。美雲の幼い恋と性への芽生えを思わせる。
 松本侑子は、「私のふるさと、出雲平野を舞台にした小説。主人公は、小学
生の女の子。水田が広がり、そこに大きな川が流れている、そんな田舎ですご
す夏休みの光景を懐かしく描いた。海に沈む大きな夕焼けを前にして佇んだり、
蛍のとびかう夏の夜をおばあさんと一緒に見たり、かぶと虫を探したりと、そ
れは、私自身の子ども時代の光景でもある。初めて恋心のような気持ちを感じ
たり、体の変化にとまどったりする、思春期をむかえる一歩手前のころ、子ど
も時代の最後の雰囲気を書きたかった。版画家の大野隆司さんに、物語にあわ
せて、心温まる優しい版画をたくさん作ってもらい、さし絵として入れた。」
と言う。(松本侑子氏ホームページより)
 遙かなる出雲神話の世界である出雲平野は、広々とした田園地帯であり、家
の北と西側によく刈り込んだ黒松が幾何学的模様で並んでいる。国道九号線と
斐伊川の間に点在する築地松である。江戸時代から北西の季節風を防ぎ、枝を
燃料にするために植えられた築地松は、童話的でもあり、不思議な深い陰影を
作る。
 この近年、松枯れ被害、松の手入れをする「陰手刈(のうてご)り」職人の
不足、アルミサッシの普及で築地松の必要性が薄れたことなどの問題もあり、
築地松景観保全対策推進協議会を組織するなどして景観の保存を図ろうとして
いる。

                  平成5年 小学館刊


              島根日日新聞連載6 平成12年2月5日 古 浦 義 己