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     高 橋  治   短 夜

 蔦代は三ケ月ほど前に山陰の温泉に骨休めに出かけた。その帰り道に松江で
下車し、ホテルに一泊した。松江も名代の茶どころだから、良い同業者がなん軒かある。そこを廻って、城の濠に面したコーヒー店に入った。古美術喫茶と麗々しく掲げられた看板に興味を持ったからである。
 古い民家の古材を生かした造りで、階段の踏み板のはり出しや、出窓の内側
などに、点々と色々な品が置いてある。船箪笥もいく棹かあり、その上も品物の陳列台になっていた。
 しかし、なんといっても、本業がコーヒー屋か骨董屋かわからない店である。奥まった隅の席に坐るまでに、さっと眼を走らせただけで、大体の筋は知れた。 これで、コーヒーが不味かったりしたら、なんの取柄もない。無残な判断を下して、椅子に腰を下ろした。古材を加工したテーブルの上にガラスが敷いてあり、その下にこう書いた紙片がはさまれていた。
「この店の品は、なんでもお売りします」
 大きく書いた脇には、テーブル、灰皿、砂糖壺に使ってあるソバ猪口、花活けなどの値段が記入されている。灰皿も猪口も改めて見直すほどのものではない。
 だが、花活けは違った。口がとんでしまって、断面が鋭角に尖っている。しかし、一見して李朝初期の徳利で、それもただならぬ肌の澄み通り方をしている。          

                                                 平成5年 朝日新聞社刊